秋の夕暮れ、コオロギの声とともに聞こえるキンキンキン……声の主は「カネタタキ」。鉦を叩くような音だから、そう名付けられたらしい。
名前を知るまではとりわけ気にも留めていなかった。名前を知ってからはもう、金属を叩く小さな虫の姿が浮かんでしまう。甲高く短い音はひたすらな姿を思わせる。
昔の人はなんと見事なネーミングをしたのだろう。
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世界中それぞれの地に伝わる神話がある。ストーリーはもとより、神様の名前はたいへん意味があると聞いたことがある。
ストーリーは時の政治の都合で変えられる場合があるけれど、名前は音や文字としてわりとそのまま伝えられるから大切なことが込められている、と。
日本の神話でとてもインパクトを感じた名前は「ウマシアシカビヒコジ」。
名前なのに「カビ」?「ウマシ」っておいしいってこと?名前には美しいものとか理想的な言葉を使うと思っていたけれど、神様なのに「カビ」?
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以前エジプトに行ったとき、現地ガイドさんが言っていた。
―――日本の観光客の多くは暑さで体調を崩します。暑すぎてエジプトには住みたくないと言いますが、エジプト人は湿気が多くてカビが生えやすく地震の多い日本には住みたくないと言っています。
そんなとらえ方があったのか!
かの地は連日50度を超える暑さ。けれども乾燥しているので汗は瞬時に乾き、日陰に入れば予想外に涼しくてさわやかだった。日中、ホテルの洗面台で砂埃にまみれたジーンズを洗い、ビシャビシャのままベランダに干すと30分もしないうちにパリパリに乾いた。
石造りの遺跡は、地震がほとんどないからたくさん残っている。
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湿気の多い日本ではカビなど菌を活かして、見事な発酵文化を築いてきた。味噌、しょうゆ、漬物、酢、鰹節、酒、鮨その他。おいしいのはもとより、食べ物を保存できた。
考えてみたら家庭に電気冷蔵庫が普及したのは20世紀後半。それ以前は何千年もの間、自然の力をたよりに食を維持し、命をつないできた。
日本の神話では神様の名前としてカビが伝えられてきた。時代によって言葉の意味は変わりもしますが、変わらぬ音のバイブレーションは何か大切なものを伝えているのでしょう。
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キンキンキン……ひたすらに鉦を叩く小さな虫の姿が浮かぶと、なんと愛らしいと思うとともに、私も頑張ろう、自然からそっと応援されているように感じる。
・泰・
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